Extra 1:誄美・煖於・紗稚 〜白猫の館(前編)〜
年季の入った樫材で作られた頑丈なそのベッドは、もう何十年もの間、その部屋に置かれていた。昼といわず夜といわず繰り返される、淫らな肉の絡み合い――――おびただしい淫液と熱い吐息に彩られた、歪んだ血の絆の交わりを、ただ黙って見守ってきた。
その頑丈なベッドが軋んでいる。
少年と少女が、ベッドの上で激しく交わっている。あおむけに横たわった少年の腰に少女がまたがり、腰まである長い黒髪を振り乱しながら少年を責め立てている。ベッドに両手をつき、狂おしく腰をグラインドさせ、少年の肉茎を秘唇に深々と咥え込んでは吐き出し、また自分自身の中に深々と埋め込む。愛液に濡れ光る怒張が、少女の奥深くを何度も何度もえぐる。
つながり合った二つの裸身がベッドの上で弾む。
淫らな喘ぎと粘液の湿った音を部屋にまき散らしながら弟の肉茎を貪る誄美(るみ)の顔には、サディスティックな悦びの表情が浮かんでいた。
「あんっ……聆(りょう)、……腰……うご……かしてぇッ」
「姉さん……すごいよ……ああッ」
誄美に組み敷かれ、荒々しいストロークで一方的にいたぶられていた聆がぎごちない動きで腰を突き上げ始めた。二人がつながった部分から漏れる音が激しくなり、媚肉から溢れ出した淫蜜が怒張を伝ってシーツに落ち、染みを作る。
苦悶なのか悦楽なのか判然としない弟の表情が、誄美を更に昂らせてゆく。抑え切れない嗜虐の血が熱くたぎり、媚肉の締めつけが一段と強くなる。蠢く肉襞は根元まで咥え込んだ肉茎をぐいぐいと絞り上げ、しびれるような快感を聆の中に送り込んでくる。
「出すのよ、聆……あたしの中に、ドバッとぶちまけてぇ!」
誄美は叫びながら、気違いじみた激しさで腰を使った。聆が、臨界点を超えた。
「ああああッ!! うぐ……ッ」
聆は、獣のようにうめいた。大きく背を反らせて誄美を下から深く貫いたまま、ものすごい量の精液を熱い淫肉の中にどくどくとほとばしらせた。
白濁液の噴出に合わせて柔肉が律動し、弟の体液を最後の一滴まで搾り尽くそうとする。意識までもが吸い取られるようだった。
浮いていた聆の腰が、がくっと落ちた。つながった部分から、姉の胎内に注ぎ込まれた白濁液がぶちゅっとあふれた。後ろに大きく反り返っていた誄美も体を前に倒し、豊満な胸を弟の胸に押しつけるようにして体重を預ける。長い黒髪がベッドの上に散った。
しばらくの間、二人は死んだように動かなかった。先に動き始めたのは、誄美だった。腰を浮かせると、すっかり萎えた聆のものが白濁した粘液の糸を引いて姉の体内からぬるりと抜け出た。誄美は体を聆の足下の方にずらすと、二人の体液で濡れそぼった弟の肉茎を愛おしげに口に含み込んだ。
「聆、外の人間なんて見てもムダよ……。お前も分かってるでしょ」
すっかり力を失った弟のものを舌で弄びながら、誄美は言った。
亜衣奈(あいな)は、眼鏡の奥の瞳を「猫屋敷」に向けた。昼休みの教室で級友の一人が話していた噂話が思い出された。
「友達に聞いたんだけど……」というおきまりの無責任な接頭辞を冠したその話の内容は、猫しか住んでいないはずのこの無人の屋敷の窓に人影を見たり、夜に明かりが点いているのを見たりした人間がいる、というものだった。
自分の家の近所のことだし、気になる話ではあった。しかし、亜衣奈は詳しく尋ねることはできなかった。その女生徒とは格別親しい間柄ではなかった。その女生徒だけではない。クラスの誰にも尋ねることはできなかった。
亜衣奈は、「友人」と呼べるような人間を一人も持っていない。子供の頃から、他人の視線や悪意に対して異常なほど敏感だった。感受性が強すぎる亜衣奈は他人に心を開くことができず、物心ついてからというもの、親しい友人を持った記憶がなかった。兄弟姉妹もなく、早くに母を亡くして一人でいることに慣れていたから特別寂しいとも感じなかった。
もっとも、それは「慣れ」というよりは「諦め」に近いものだった。他人に心を開くことができない亜衣奈に対して、周囲の人間もまた関心を示すことはほとんどなかった。父の仕事の都合で転校が多かったことも手伝って、亜衣奈は自分から友達を作ろうとはしなかった。高校生になった今でも、それは続いている。
学校帰りにこの屋敷から視線を感じるようになったのは、一ヶ月ほど前からだ。最初の頃は平均して二〜三日に一度、それも不定期のことだったのでさして気にもとめなかったが、今では毎日必ず何者かの視線を感じる。しかし、悪意の込められたものではない。
亜衣奈は部活に入っていない。毎日放課後になると図書室に行き、一時間半ほど読書にふけったあと下校する。だから、自ずと毎日ほぼ同じ時刻にここを通ることになる。視線の主はそのことに気付いている。ということは、亜衣奈のことをかなり強い関心を持って見ていることになる。
ここから、この私をいつも見ている誰か。この私を……。
背は高くもなし、低くもなし。スタイルも、良くもなければ悪くもない。顔立ちも、特に触れるべき特徴はない。細いメタリックフレームの眼鏡。後ろで三つ編みにしただけの飾り気のない髪。成績は中の上で、体を動かすことは苦手。
どこにでもいそうな、ごく普通の目立たない内気な女子高校生にしか過ぎない自分に毎日のように視線を投げ掛けるのは、一体誰だろうか。女か、それとも男か。
男……?
頬が熱くなった。心の中を誰かに見透かされたような気がして、屋敷に向けていた視線をあわてて正面に戻した。
「ん……っ」
長く濃厚なくちづけを交わしていた少年と少女は、やがて名残惜しげに唇を離した。今まで下になっていたショートカットの髪の少女は、ベッドの上を転がって体を入れ替えると少年を上から押さえ込んだ。
「きれい……。女の子みたい」
聆の顔を覗き込みながら、少女がささやく。
「煖於(なお)も、きれいだよ」
聆はそう答えながら、少女のすらりとした肢体を下から愛撫する。
「不思議……。まるで自分としてるみたい……」
鏡の中の自分自身と触れ合い、抱き合い、愛し合う。聆と体を重ねるたびに、煖於はそんな錯覚にとらわれる。二人の顔立ちは本当によく似ていた。そして体つきも。
少女のような顔立ちの少年と、少年のようなスレンダーな体の少女が、互いを求めて肌を合わせる。互いの鼓動を、温もりを感じながら、そっと手を握り合う。
「鏡……か」
「分身よ。聆は私の分身。私と聆は、生まれる前はひとつだったんだから」
「それはちょっと違うな。僕と煖於は性別が違うから、一卵性双生児じゃない。二卵性だから、『ひとつだった』という表現は正確じゃない」
「意地悪」
煖於は、すねたように聆に背を向けて裸の体を毛布にくるんだ。
「聆、このごろ外ばかり見てる。誄美姉が言ってたわ。毎日夕方に家の前を通る女の子を見てるんだって」
聆は答えない。
「……その娘、私よりスタイルいいの?」
「気になる?」
「……別に」
明らかに嘘と分かる答え。煖於は、自分の体にコンプレックスを抱いている節がある。もっとも、ちょっとしたモデル並の容姿を持っている誄美と見比べてしまっては無理もない。
「煖於、好きだよ」
「……どうして外なんか見るの。私は、ここにいるのに」
突然、聆ががばっと身を起こした。息つく暇も与えずに煖於を四つん這いにさせると、反り返った肉棒で後ろから一気に貫いた。まだよく潤っていない柔肉が軋んだ。
「ああんッ! 聆……ずるい……」
白猫は塀を蹴って身軽に地面に跳び降りると、じっと亜衣奈を見上げた。
犬や猫を見かけるといつもそうしているように、亜衣奈はしゃがんで声をかけた。
「おいで……」
人間相手にはあまり愛想を見せない亜衣奈が、にっこりと微笑んで右手を差し出す。
白猫は、誰もいないのを確かめるかのように二〜三度辺りを見回すと、亜衣奈の方にたたっと駆けてきた。体を強く擦りつけるようにしながら亜衣奈の足元にぐるぐるとまとわりつく。
人差し指の腹で喉の辺りを撫でてやると気持ち良さそうに目を細めて、もっとして欲しいとでも言うように顎を突き出して顔を上に向ける。
そんな素直な反応がうれしくて、亜衣奈は白猫をそっと胸に抱き上げた。白猫は亜衣奈の腕の中で前脚を折って座り込み、全てを亜衣奈に委ね切っている。母の胸に抱かれる乳飲み子のように。
亜衣奈は白猫の背中に頬を押しつけた。暖かく柔らかな毛並みが肌にここちよい。
「あなた、あの家の子?『猫屋敷』の?」
猫に向かって話しかけても仕方がないと分かっていながら、亜衣奈は話し続ける。
「あの家って、ホントに空き家なの? 誰も住んでないの?」
白猫は、ひとつ欠伸をした。
「確かに、視線を感じるの……感じた、の。誰かが私のこと見てたの、毎日。学校の帰り。私のこと見てる人があの家にいるって思ったら、うれしくて、ちょっとドキドキして……。誰なんだろう、どんな人なんだろう、って一人で勝手に想像してみたりして……。もしかしたら、友達になれるかも……って思ってたの」
眼鏡の奥の瞳が、落胆と諦めが入り混じった複雑な色を映し出す。
「いなくなっちゃったのかなあ、あの人……。代わりに今度はね、意地悪な人が私のことにらみつけてるの。よっぽど私のこと気に入らないのね、きっと」
亜衣奈の顔に、寂しい笑みが浮かんだ。
「私、なんにもしてないのにね……」
いっそのこと、全部自分の気のせいだと思えたらどんなに楽だろう。他人の視線に敏感だからっていいことなんかひとつもない。世の中には知らない方がいいことが多過ぎる。
「ああん、あひッ……。いっ……いいのォ……イッちゃうぅ……!」
紗稚(さち)は、両脚を後ろから抱え込まれて体を持ち上げられた格好で、後ろから聆に貫かれていた。大きく開かれた太腿の間には、まだ薄い繁みと、兄の肉茎を咥え込んでとめどなく淫汁を溢れさせている肉の花弁がのぞいている。
後ろから突き上げられるたびに、栗色のポニーテールが宙に躍る。
「お兄ちゃん、出して……。紗稚の中にお兄ちゃんの精液出してェ!!」
自分で胸を揉みしだきながら、紗稚がほとんど泣くようにして叫ぶ。その幼い顔に浮かんでいるのは、犯される悦びを知っている牝の表情、娼婦が男に貫かれる時に見せる淫らな笑みそのものだった。
「いくよ、紗稚。いくよっ……」
聆は体を痙攣させながら、妹の熱く濡れそぼった淫肉の中に射精した。
「おなかに、入ってくる……いっぱい。あったかい……」
紗稚は聆とつながったまま首をがっくりと後ろに落として、たっぷりと注ぎ込まれた男のエキスの熱い感触を味わっている。女と呼ぶにはあまりに幼いその裸身を震わせながら。
しばらくの間そうしていた紗稚が、体を前に倒した。手と膝をベッドについて四つん這いになり、腰を持ち上げた。まだ硬くいきり立っている聆の肉茎が紗稚の中から抜き取られ、ぽっかりと口を開けた媚肉から白濁液が溢れ出した。紗稚はくるりと体の向きを変えて聆の股間に顔を埋めると、たった今まで自分の中に入っていたたくましい肉の屹立を唇の間に咥え込んだ。ぴちゃぴちゃと音を立てながら、男と女の体液で汚れた肉茎を舌で清めていく。
「紗稚ねえ、見ちゃったんだ。お兄ちゃんがあの女と会ってるとこ」
くりくりとした目で上目使いに聆の顔を見上げながら、紗稚が言った。それだけ言うと、また聆のものに手を添えてしゃぶり始める。喉の奥まで大きく深く頬張り、紅い小さな唇をすぼめて、筋の浮き出た肉棒をしごき上げる。
「許せない……!」
燃えるような激しい憎悪を含んだ言葉が、煖於の唇の間から絞り出された。
「どっちが?」
「二人ともよ!!」
誄美の質問に煖於が怒鳴るように答え、紗稚が思わず首をすくめた。
「よりによって私達の聆に手を出すなんて、あの女……。聆も聆よ、あんな女なんかに……」
悔しさのあまり、語尾が震えた。
「馬鹿な聆。外の人間なんか見てもムダだって言ったのに」
誄美の台詞には憎しみの感情は込められていなかった。むしろ、憐れみの方が強い。
結局、紗稚が聆に言った通りになった。遅かれ早かれ、誄美と煖於の知るところとなるのは避けられなかったのだ。
「聆は被害者よ。あの女にたぶらかされただけ。あの女が全て悪いのよ」
少し考えた後、誄美が静かに言った。何か含むところを感じさせる言い回し。
「あの女が外にいるから、聆がふらふら出ていったりするのよ。あの女が、外にいるから」
「ちょっと待って。まさか、誄美姉……」
「でも、聆も悪いわ」
誄美の次の台詞が、煖於の抗議の声を遮った。
「だから、罰を与える必要があるわ。二人ともね」
煖於と紗稚は、誄美の真意を図りかねている。
「あたし達の聆にちょっかいを出したりしたらどんな目に遭うか、たっぷりと体に教え込んであげなきゃ、ね」
頭の中にある復讐の儀式のプラン。誄美の目に、嗜虐の光が強く宿り始めた。
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは関係ありません。