三 限りなく透明に近い透明



 暑い。
 夏だから暑いのは当たり前だ。夏暑くなくては農家が困る。電機メーカーが困る。ビールメーカーが困る。海の家だって困る。
 それに今日の暑さとて、昨日までの猛暑と比べれば四度は低いのだ。まだしもしのぎやすいと言うべきであろう。
 しかし、と操は思う。前世紀、日本の夏はもうちょっと涼しかったらしい。二十世紀の夏を生きた子供たちがうらやましい。
 吉川家の子供部屋にはエアコンがない。父親が「みんなでがんがんクーラーを使ったら外がますます暑くなる」「子供には贅沢だ」の二点を主張して、取り付けてくれないのだ。一階のリビングですら「性能に余裕があるとつい冷やしすぎて体によくない」と、十二畳の部屋でわざわざ八畳用のエアコンを使っているぐらいだ。そのくせ地下室の書庫は二十四時間空調を効かせているのだから、大人とは勝手なものだ。自分の子供と同人誌とどっちが大事なんだ、と言いたくもなる。
 始まる前は無限に続くようにも思えた長い夏休みも、三分の二が過ぎた。コミックマーケット88も無事終わった。そろそろ本気で宿題に取りかからないとヤバい、という空気が日本列島を覆い始める時期。吉川操も御多分に洩れず、危機感に背中を押されて机に向かっているのである。
 夏休みの宿題をきちんと計画通りに片付ける小学生など、おそらく一万人に一人もおるまい。たとえやる事がなくてヒマを持て余したとしても「宿題でもやるか」という気にはならないものだ。それが夏休みの宿題というものだ(断言)。こればかりは前世紀から変わらない夏の風物詩、営々と続く人類の営みである。来世紀(あればの話だが)も変わらないだろう。
 操は今、苦手科目である算数に立ち向かっていた。これがちっともはかどらない。数字を見ると暑さが倍加するような気さえしてくる。かといって扇風機の風をあまり強くすると、教科書やノートやドリル(ゲッター2や地底戦車についているアレではない)がばたばた踊ってうっとうしい。
「あーあ……理英ちゃんに手伝ってもらおうかな」
 確かに理英なら、こんな計算問題など屁のカッパである。今までも何度か宿題を手伝ってもらったことがある。加えてTSLは冷暖房完備である。しかし今回は量が量だけに、後が怖い。すごく怖い。体で払わされそうな気が猛烈にする。「いいじゃねえか奥さん、減るもんじゃなし。げっへっへ」とゆー感じである。
「ふう」
 操は溜め息をつき、大きく伸びをして後ろに反り返り、腕をだらんと落とし、頭を後ろにかっくんと落とし、ぼけっと天井を眺めた。
 いきなり、誰かが操の耳にふっと息を吹きかけた。
 びくうっ! と身をすくませる操。驚きのあまり声も出なかった。ぎぎぎ、と首をねじって後ろを見る。
 誰もいなかった。誰もいないが、くすくすと笑い声が聞こえる。背筋が凍った。
 もしや、心霊現象ポルターガイスト!?(違います)
「……だれ?」
 操は、震える声で尋ねた。
「ああっはっはっはっ。ビックリした?」
 理英の声だった。操は改めて部屋の中を見回した。やはり誰の姿も見えない。理英ちゃんのことだから、今度は透明人間になる薬でも作ったのかも……。でも、完全な透明人間を作ることはできないって『空想科学読本2』に書いてあったけどなあ。
 操の目の前で、景色が揺れた。白衣を着た理英の姿が空間から滲み出るように現れる。文字通り湧いて出た友人の姿に、操は動揺した。全く、心臓に悪い。
「今度作った機械の実験してたのよ」
「新しい機械?」
「言うなれば、透明人間になれる機械ね」
「そこに入ってるの?」
 操は、理英が背負っている小さなリュックを指して言った。
「ああ、これ? これは違うわよ。こっちよ、こっち」
 理英は自分の耳を指さした。両方の耳に、やや大きめの耳飾りがぶら下がっている。一見ただの耳飾りに見えるそれが、理英の作った機械だった。
「ええーっ、そんな小っちゃいの?」
 操は驚いた。今日はまた、ずいぶんと不似合いなものを着けているなとは思ったのだが。
「周囲に擬似透明化フィールドを発生させる装置よ。まだ試作段階だけどね」
 理英がだんだん饒舌になってきた。自分の理論や発明の話となると俄然熱を帯びてくるのは、科学者や技術者の通性というものであろうか。
「最初はマイクロブラックホールを使った重力レンズで光を屈折させようと思ったんだけど、さすがに惑星上じゃ危なくて。宇宙空間だったら大丈夫なんだけど」
「……はぁ」
 操には全然理解できないムズカシイ言葉を駆使して、なおも理英はしゃべりまくる。分子回路を使ったコロイドコンピュータやら、光速演算が可能な力場効果グラフィックエンジンやら、平面偏光を利用した多重ホログラフやら……。悲しいかな、フツーの小学生に過ぎない操には全くチンプンカンプンであった。高度に発達した技術は魔術と区別がつかない。天災……もとい天才の考えることは凡人には分からない。というわけで詳しい説明は割愛します。
 大雑把にいえば、漫画などでたまに見掛ける忍者の隠れ身――背後の壁と同じ模様の布を広げてその陰に隠れて敵をやり過ごす、アレである。これを円柱状の立体映像を使って三百六十度全方位に向けて行う。つまり、どちらから見ても「背後の壁と同じ模様」が見えるようにすれば、円柱の中の物体は見かけ上透明になる。要するに外からは見えなくなる。もちろん、円柱の中に踏み込まれたら役に立たないが。
「名付けて、光学的変換場! 英語で言うとオプティカル・トランスフォーメーション・フィールド! 略してOTフィールド!!」
 なぜ英語で言うのかよく分からないが、とにかく理英は誇らしげだ。
「理英ちゃん、すごーく基本的な質問してもいい?」
「何かね、吉川くん」
 まるで博士みたいな口調で応じる理英(実際博士号持ってるんだけどな、このガキは)に、対理英用ヒト型決戦ツッコミ兵器・操の会心の一撃が炸裂した。
「それって、どういう使い道があるのか今イチ思いつかないんだけど」
「うぐッ」
 理英は三千二百五十のダメージを受けてよろめいた。唇の端からは、つす〜と一筋の血が流れ出ている。
 しかし敵も猿もの引っ掻くもの、この程度で沈む理英ではなかった。
「まあ、それはこれから考えるわ。とりあえず作ってみただけだから」
 無目的な技術の暴走が起こした歴史の悲劇、理念なき科学が招いた過去の惨禍に学ぶところが全くないこの姿勢、天晴れである。それでこそ気○い科学者マッドサイエンティストの面目躍如とゆーもんである。
「というわけで、これから外でテストしたいんだけど、付き合ってくんない?」
「ええ? でも私、宿題やんなきゃ……」
「外から見ないと、フィールドが正常に機能してるかどうか分かんないじゃない。あたし一人じゃできない実験なのよ。あと、他にもついでにやっときたい実験があるから、そっちの方もね」
「宿題やんなきゃ……」
「そんなの、後で手伝ってあげるからさ」
 殺し文句だ。
「行きまーす♪」
 打って変わって明るい返事をする操。
 とはいうものの、よくよく考えると腑に落ちない点がある。「外での実験」とはおそらく歩きながら、つまり移動しながらでもフィールドが機能するかどうかのチェックだろう。しかし、フィールドが正常なら理英の姿は見えないわけだから、その状態で歩き回られては操はついていくことができない。
「そこはちゃーんと考えてあるから大丈夫」
 理英は白衣の胸ポケットからメガネを出して、操に手渡した。
 それは小さな丸いレンズを使った、いかにもけったいなメガネだった。これを掛けた様はヴァッ○○・ザ・スタンピードか、熱気バ○ラか、はたまた九品○大志か、というようなけったいなメガネだった。
「なに、これ……」
「おっと、まだ掛けないでよ」
 理英は白衣のポケットからリモコンを取り出し、再びフィールド発生機を作動させる。
「はい、いいよ。掛けてみて」
 掛けてみると、視野の中に半透明の理英の姿が現れた。右目をつぶると理英が消え、左目をつぶるとちゃんと見える。理英のいる像といない像が左右の目に別々に届いているため、両目で見ると見かけ上理英の姿が半透明に見えているのだ。
 左のレンズは、ただの丸い板ガラス(平面だから「レンズ」にはなっていないが)である。つまり、裸眼の視野と何ら変わりない像が見える。よってフィールドの中にいる理英は見えない。
 右のレンズは、偏光を遮る特殊レンズである。フィールドの立体映像は平面偏光を利用しているので、このレンズを通すと見えなくなる。つまりフィールドの目くらましが無効になるため、理英の姿が見える。
 なるほど、これならフィールドの作動状態がチェックでき、理英を見失うこともない。
「ただついてきて、黙って見てればいいからさ。ま、動作にはたぶん何の問題もないと思うけど」
 二人は部屋を出た。階段を、一応足音を揃えて下りる。リビングを覗いてみると、操を除いた吉川家全員――つまり父親、母親、それに兄の朋輝が高校野球に熱中している。操が夏休みの宿題に手をつけた理由の一つはこれである。操は高校野球には全く興味がないが、操以外の三人はそうではない。そういうわけで、この時期は多数決という民主主義の暴力によって操のチャンネル権が奪われてしまうのだ。
 理英はリビングに入っていくと、三人とテレビの間を堂々と横切って庭に面した縁側に出た。そこから靴を脱いで上がってきたらしい。三人は、目の前を理英が横切ったことにも、そもそも操が二階から下りてきたことにも気付いていない。操はこれ幸いと、黙って玄関でサンダルをつっかけて表に出た。


「な、な、なんてことすんのよーっ!」
「まあまあ、酔っ払いのすることですから」
 全く悪びれる風もない理英。「酒の上の不埒」にしてしまえば大抵のことは許されるということを知っているのだろうか? 末恐ろしいガキである。
 理英とは対照的に、操はもう半泣き状態。
「家に帰って洗わなきゃ……」
「あ、それはやめた方がいいと思うよ」
「なんで?」
 操はきょとんとしている。
「お父さんとお母さんに見付かったらどうするの? 思いっ切りお酒臭いんですけど」
 すっかりビールが染み込んだ操の服から、アルコールとホップの芳ばしい香りがぷーんと立ちのぼっている。体温で温められているせいで、香りの発散がより一層活発になっている。言うなれば液体式電子蚊取り機状態である。
 いくら操の両親が子供に対して理解のある寛大な親だといっても、仮にも小学生が酒の匂いをプンプンさせながら家に帰るのはやっぱりまずかろう。
「どうしよう……」
「あそこの水飲み場で洗ったら? 水洗いしてそこらに干しとけばすぐ乾くよ。この天気だし」
「ええ? あそこで服……脱ぐの?」
「大丈夫、このフィールドがあるじゃない」
 白々しくも力強く、理英は言い放った。
 確かに、服が乾くまでの間フィールドの中にいればいい。理英の言う通りにするしかないように思える。もっとも、誰のせいでこんな羽目に陥ったのか考えると釈然としないものを感じるが。
 理英がポケットからリモコンを取り出し、フィールドを切った。画像が薄れ、その向こうからベンチに腰掛けた理英の姿が滲み出るように現れる。
 理英と操は、耳飾りとメガネを交換した。
 操がフィールド発生機を装着すると、理英がリモコンのスイッチをON。メガネを掛けていない理英の視野から、操の姿がすうっと消える。背後の風景に溶け込むように。
 操は、自分を取り囲む風景が微妙に変化したのに気付く。ごく近いところは何も変わっていない。くっきりと見えている。目を足元に落として徐々に遠くに移していくと、赤いラインにぶつかる。操をぐるりと囲んでいるその円を越えると急に景色が粗くなる。
 そうか、あの赤ラインがフィールドの範囲を示してるんだ。あそこから先はフィールド発生機が作り出してる画像なのね。
 つと左前方に目をやると、空中に赤い半透明の文字。

OPERATING
r:1.O m


 ちゃんと動いてるんだ。操は安堵する。
「ずいぶん粗いのね」
「内側は、走査線が外側の四分の一しかないからね」
 操がベンチから立ち、水飲み場の方へ歩き出す。メガネを掛けた理英が続く。
「粗いだけじゃなくて、動きもガタガタしてるのね」
「外側は秒間六十フレームなんだけど、内側は十フレームなのよ。外側も内側も高品位、ってわけにはいかなくてねえ、なかなか」
 予算がなくて動画枚数が使えないTVアニメの監督みたいなことを言いながら、理英がついてくる。もっとも、この場合は純粋に技術的な問題だが。なにしろ理英は研究予算おこづかいを月に五十万円(!)もらっているのだ。
 みみみ身震いするほど羨ましい(泣)。
 水飲み場の周りには人はいなかった。操はワンピースを脱ごうとして、躊躇する。いくら理英以外の人間には見られる心配がないとはいえ、やはり屋外で服を脱ぐのは抵抗がある。しかしそうも言っていられない。服から立ちのぼるアルコール臭がきつくなっているような気がする。
 早く洗わないと、取れなくなるかも……。
「ぱーっと脱いじゃえ! 減るもんじゃなし」
 理英のうきうきした声。何を意図しているのか読めない。操はただ漠然と、ワナにはまったと感じる。ワナと知りつつも理英に従うしかない我が身の境遇を呪いながら、ワンピースから肩を抜き、足下に落とす。
 フィールドでごまかせるのは、あくまでも視覚だけだ。水音を他人に気付かれないように、操は水量を抑えて慎重に洗う。
 もっとも、そんなに神経質になる必要はなかった。サッカーボールと戯れる二人の男の子――たぶん兄弟だろう――の他には、公園内に人影はなかった。少なくとも見渡せる範囲には。だからこそ操もビールを飲んだり服を脱いだり(こう書くとただの酒乱みたいだな)といった大胆な振る舞いに出たのだが。
 型崩れやしわになるのを避けつつできるだけ水分を絞るという難題にどうにかケリをつけた操が、ワンピースを手に立ち上がった。
「あれ? それは洗わなくていいの?」
 すかさず理英。
 理英の言う「それ」とは、下着のことだ。
 やや広めに開いているワンピースの背中から一気に流し込まれたビールは、少女らしい清楚で簡素なデザインの白いブラジャーとパンティをもぐっしょりと濡らしていた。濡れた布が肌に貼り付く感触が気持ち悪い。その上酒臭い。
 もちろん操とて、洗うしかないことは分かっている。分かっているのだが……。
「なんなら、あたしが脱がしてあげようか?」
 スケベたらしい笑みを浮かべながら両手をわきわきさせている理英。
 うぞぞぞぞ。
 操は、持っていたワンピースを両手で胸に抱いて後ずさった。
「いっいいです、遠慮します……」
 操は覚悟を決めた。……より正確に言うと、あきらめた。ワンピースを丁寧にたたんで理英に渡す。
「理英ちゃんお願い、そのメガネ外して」
 理英は内心で舌打ちした。しかしすぐに思い直す。まあいいや、今は下手に出ておこう。お楽しみは、後だ。
「いいよ」
 一瞬の打算をおくびにも出さず、理英はメガネを外した。
 操は、理英に背を向けてブラジャーを外した。今や操の姿は誰にも見えていないのだから別にどっちを向こうが同じことなのだが、理英と向き合ったまま下着を脱ぐ勇気はなかった。続いてパンティに掛けた手が止まる。
 恥ずかしい……。まるでおもらしした子供みたい……。
 顔が熱い。アルコールのせいだろうか、頭の芯がドクドクと脈打っている。まともにものを考えるのがひどく難しい。えーい、もうどうでもいいや。
 小さな布切れを一気に押し下げて左足を抜いた。体が一瞬ふわっと浮き上がるような感覚。平衡感覚がおかしい。ふらついた体をしっかり立て直し、続いて右足。
 脱いだ下着をしゃがんで水洗いしていた操は、ふと視線を感じて顔を上げ、ぎょっとなった。理英が、じっとこちらを見下ろしているのだ。慌てて周りを見回す。赤い円は確かに操をぐるりと取り囲んでいるし、空中にもフィールドの作動を示す赤い文字が浮かんでいる。理英が立っているのはフィールドの効果範囲の外だし、例のメガネも掛けていない。
 つまり、今の理英には操の姿は見えるはずがないのだ。
 だが、操にはそれを確認する術がない。確かにフィールドの「内側」は正常に作動している。しかし「外側」はどうなのか。外から見ない限りそれは分からない。今の操にできることは、さっきまでちゃんと動いていたんだから大丈夫、と信じることだけだ。しかし「もしかしたら見られているのでは」という不安を完全に消し去ることはできない。それどころか、理英の視線によってむくむくと増幅されてゆく。
 操は、猛禽類から身を隠す野ウサギのように縮こまって、胸と股間を隠すようにしながら極力小さな動作で下着を洗った。
「操、終わった? 貸してよ、干してあげるから。あそこなんかいいんじゃない?」
 理英は公園の隅の方を指さした。そこは何本かの立ち木と植え込みで囲まれた芝生で、公園の中からも外からも目に付きにくい場所だった。あそこなら、しばしの間ぱんつとぶらじゃあを干していても大丈夫だろう。
 操は深く考えずに、洗った下着を理英に渡した。
 大いなる失敗をしてしまったことに、操は全く気付いていなかった。
 なにも裸のままフィールドの中で服が乾くのを待つ必要はない。洗った後、そのまま着てしまえば良かったのだ。この暑さなら風邪を引く心配など万に一つもないし、普通に干すより乾きが早い。
 服は洗ったら干すものという先入観、そして何より生まれて初めて飲んだビールが操の判断力を大幅に低下させていた。
 洗濯物を低い植え込みの上に乗せて広げると、理英はおもむろにメガネを掛けて操の方を振り返った。
「やだ、理英ちゃん、こっち見ないで」
 操が両手で胸と股間を隠して後ずさる。
「はあ〜? 聞こえんなあ〜」
 理英は耳に手を当ててうそぶくと、ポケットからリモコンを取り出して
「これ、なーんだ?」
 操の顔から、ざざーっと音を立てて血の気が引いた。操が身に付けているフィールド発生機のリモコンは、未だ理英の手中にあったのだ。良いも悪いもリモコン次第! 敵に渡すな大事なリモコン!(↑誰が敵だ)
 この状態すっぽんぽんでフィールドを切られたら……。
「ヘタな考え起こしたらどうなるか、分かるよね。操は頭いいんだから」
 やっぱ、敵かも知れない。
「それじゃ、服が乾くまでオモチャで遊びましょうか」
 理英は芝生の真ん中のベンチにどっかと腰を下ろし、目の前の地面を指さした。全裸の操が、膝を抱えた体育座りでベンチの前に座った。
「脚、開いて」
 屈辱で顔が火のように熱い。操は、まるで自分のそこを見まいとするように目をつぶり顔を背けて、膝を曲げたままゆっくりと太腿を広げた。
 理英は背中のリュックから「それ」を取り出し、操の脚の間に放った。操は「それ」が芝生に落ちる音を聞き、目を開けて「それ」を見た。
 「それ」は黒く、細長く、胴の部分にはたくさんのイボがしつらえてあり、凶々しくいやらしい光沢を放っていた。
 操は「それ」が何であるか知っている。つい先日、ビデオで見た。
 理英はこの間までは「不鮮明な映像の補完及び再構成」という真面目なテーマに取り組んでいたのだが、同じテーマで研究を進めている知人が実験用の素材映像として裏ビデオを使っているという話を聞いた。照明が暗かったりカメラアングルが悪かったりで、この研究の素材にうってつけだと言うのだ。操から「お父さんがエッチなビデオをたくさん持っている」と聞いていた理英は、早速何本か持ち出してくれと操に頼み、ダビングするついでに二人でエロビデオ鑑賞会を開いた。その中に、高校生と思しき制服の女の子がバイブレーターを使ってオナニーするシーンがあった……とまあこういう次第。
 いま操の目の前にあるのは、紛れもないバイブであった。
「な……、なんでこんなの持ち歩いてるのよ……」
「映像資料をもとに自作してみました。よくできてるでしょ?」
 確かに、外観はあの日ビデオで見たものとそっくりだ。だけど、あれは「ブーン」という低い唸りを発してはいなかったか? 画面ではよく分からなかったが、高速で振動しているようだった。
「スイッチ入れて」
 挿入する側と反対側に、確かにスイッチがある。操がそこを押すとバイブが振動を始めた。手の中から伝わるその響きの力強さに操は圧倒された。
「それでオナニーしてよ」


 操は、息苦しさと暑さで目を覚ました。暑さというよりは「熱さ」に近い。肌が直接陽射しに灼かれている感じ。いや、それだけではない。文字通りに肌を刺す痛み。
 なんか、ちくちくする……。
 ここ……どこだっけ? ああそうだ、理英ちゃんの実験に付き合ってたんだ。公園でビール飲まされて、それから……それから……。
 操は突然、自分が服を着ていないことに気付く。裸で、真夏の公園の芝生に転がっている。道理で熱くてちくちくするわけだ。単に服を着ていないのみならず、代わりに異様な物を身に着けている。
 股間に黒い革のバンドが締められ、そこから肉色の細長い突起物が生えている。太さといい長さといい形といい、まさに勃起した男根そのものだった。
 にわかには信じがたい……というか、にわかでなくとも受け入れがたいモノを目にして、操は声を上げた。いや、上げようとした。声は口の中で何かにせき止められ、くぐもった呻きになってようやく洩れ出ただけだった。
 操の口には丸めた布切れのようなものが詰められ、更にその上から別の布が巻かれて後頭部で結び合わされている。小さなカップが見えている。
 操にかまされた猿ぐつわの正体は、操のブラジャーそのものだった。
 とゆーことは……。上から縛っているのがブラジャーとゆーことは、口の中に突っ込まれているのは、もしかして、私の……?
 御名答です。
 操は両手で猿ぐつわをひっ掴んでほどこうとした。両手が自由にならない。手首は背中に回され、もがくたびに金属が触れ合うガチャガチャという音がするばかりだ。
「おっはよー♪」
 パニクって芋虫のようにジタバタもがいている操に明るく声を掛けたのは、もちろん理英だ。ベンチに座って悠然と自分を見下ろしている親友を見て、ようやく操は「公園でビール飲まされて、それから……」の続きを思い出した。
 狡猾な理英にまんまと誘導されて、フィールドの中で全裸になり、理英の目の前で大股広げて、自ら股間にバイブを押し当てて淫らな一人遊びに耽ってみせたのだ。
 そして失神して、自分の下着で猿ぐつわをされ、後ろ手に手錠を掛けられ、股間にこんな恥ずかしいものを着けられてしまった。操自身には見えていないが、首には首輪まで着けられている。
 唯一の救いは、あの赤い円が操を囲んでいること――つまり、フィールドが作動していてこの姿を第三者に見られる心配がないことだった。
 操は観念して、再び芝生に横になった。どうしても股間の一物に目がいってしまう。
「女の子用の人工オチンチンってとこね。オチンチンが大好きな操のために作ったんだよ」
 女の子用ねえ。そりゃあ女の子用に決まってるよなあ。男の子には人工のオチンチンなんか必要ないもんなあ……などとゆーことを、こんな状況に置かれながらも律儀に考えてしまうところが、対理英用ヒト型決戦ツッコミ兵器・操の悲しい性というものであろうか。
「腕によりをかけて作ったからね。きっと操も気に入ってくれると思うよ★」
 料理が得意な女の子が恋人に向かって言うならまだしも、このシチュエーションでのこのセリフは、操の背筋を冷たくする以外の効果を持ちえなかった。
「可愛いよ、操。こんな可愛いペット、他にいないわ……」
 目を細めた理英が、酔ったような(実際酔ってるんだが)うっとりとした口調で呟く。
「立って」
 操はおとなしく命令に従った。後ろ手に手錠を掛けられてはいるが、足首まで縛られているわけではないから立ち上がるのに支障はない。
 理英は、白衣のポケットから小さな機械を取り出した。前世紀の家庭用ゲーム機のコントローラーによく似た、掌に収まるほどの小さな機械だ。十字キーとボタンが一つ。
 理英が十字キーの一方向を押した途端、操が呻き声を上げて腰をもじもじさせ始めた。



中出しぶっかけ器具拘束クスリ首輪屋外露出オナニー
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは関係ありません。


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