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 作業料金はお預かりするファイルのサイズで決まります。
 しかし、普段作品を書く時にファイルサイズを常に意識して書いている人はあまりいないのではないでしょうか。「50キロバイトまでは1000円」と言われてもピンとこないと思います。

 このページに載せているサンプル文章のサイズが24キロバイト弱(htmlタグ含まず)です。よって、大体これの倍ぐらいまでの長さの文章なら料金は1000円になります。目安にしてみてください。

 ページ一番下のリンクから、このサンプル文章を校正した作業レポートがご覧いただけます。



 七月の午後。梅雨の晴間。
 少女が道を歩いてゆく。
 吉川操。蠍座のO型。二〇〇四年十一月五日生まれ、十歳。聖麗メモリアル学院初等部の五年生。今は制服は着ていない。一旦帰宅して着替えている。黒い、本当に純粋に黒く艶やかな髪をショートボブにしている。トレードマークは黄色いヘアバンド。
 この辺りは土地柄、いかにも「研究所!」という感じの建物が多い。操は、その中の一つに入っていく。正門のプレートには英語とカタカナで

Total Science Laboratory
トータル・サイエンス・ラボ

とある。名前からして胡散臭い。正門の脇がいきなりゴミ集積所になっているのも怪しさ大爆発である。
 縦に細長い敷地の奥の方にはドーム状の建物や、学校の体育館のようなカマボコ型の建物も見える。が、平行に何本も横たわる細長い研究棟の真ん中を中央連絡通路が貫くというのがこのTSLの基本的な造りだ。上から見ると魚の骨に似ている。
 操は、ちょうど目玉の位置に当たる守衛所に声を掛ける。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
 いかにも人の良さそうな初老の守衛が返事をする。
「理英ちゃんいますか?」
「ちょっと待って。えーと……」
 守衛は傍らのモニターに目をやる。所長、副所長、そして「特別研究員」の三人はその所在が常に把握できるシステムになっているのだ。「特別研究員」の現在位置を示すマークは、画面上で移動している。ゆっくりと。
「ほら」
 守衛が操の方に身を乗り出して、玄関ホールの方を指差した。
 ガラスの玄関扉の向こうに一直線に伸びる魚の背骨――中央連絡通路を、何かがこちらに向かってやってくるのが見える。
 高さが二メートルを超える大きな機械がほとんど音も立てずにしずしずと、するすると走ってくる。このTSLで研究用の機材を運ぶのに日常的に使われている、だが一般にはあまり馴染みがない運搬機械。「リーチ」と通称される、立ち乗り式の電動フォークリフトだ。
 普通のフォークリフトは「カウンタ型」と呼ばれ @動力は一般に内燃機関式が多い A前輪駆動・後輪操向 Bフォークは上下動だけで、前後には動かない C運転席は座席式 D車体後部にバランスウェイトを持つ といった特徴がある。@の理由により排ガスの問題があり、屋内での使用には不向きである。またBCDの理由により車体の小型化に限度があり、極端に狭い場所での作業には不向きである。
 これに対して「リーチ型」のフォークリフトは @動力は蓄電池式が普通である A後輪駆動・後輪操向 Bフォークは前後にも動く C運転席は立席式が多い Dもともと重量配分が後ろに偏っているのでバランスウェイトは必要ない といった特徴がある。BCDにより車体が非常にコンパクトであり、狭い場所での作業に有利である。
 リーチフォークリフトは恐らく読者諸兄には馴染みがなかろうと思ってつい解説してしまいましたが、本筋とは全然関係ありません。
 玄関ホールで右に九〇度旋回。あくまでも人間サイズを基準に作られている空間で、それでも苦もなくくるりと曲がる。
 運転しているのは、白衣を着た少女。操と同じ年頃に見える。大人が立って運転するように出来ている運転席は少し大き過ぎて運転しずらそうだが、少女は慣れた手つきで操っている。
「理英ちゃん!」
 ガラスの扉を開けて入ってきた操が、リーチに駆け寄った。
「あ、操」
 リーチが止まる。
「今忙しい?」
「うんにゃ。でもちょっと待ってて。荷物降ろしたら、リーチ返してこなきゃ」
「いいよ、別に」
 再び動き出したリーチの後を、スリッパに履き替えた操が追う。
 窓から身を乗り出して二人を見ていた守衛が引っ込んだ。穏やかな笑みを浮かべて。二人を自分の孫と重ね合わせて見ていたのかも知れない。
 仕事柄、守衛は知っている。「特別研究員」を訪ねてくる同年代の友達が一人しかいないことを。
「頼むよ、操ちゃん」
 知らず、呟いていた。
 時に西暦二〇一五年。
 ここは茨城県つくば市・筑波研究学園都市。
 何が起こっても不思議ではない街。


 恐ろしく重そうな黒い金属の塊が、輸送用の木枠にはめ込まれてパレットに乗っている。モーターか、あるいはコンプレッサーのようにも見える。が、所詮専門外の人間には分からないことだ。
 そのパレットを乗せたリーチフォークリフトが、廊下を行く。その後を、操が歩いてついてゆく。
 白衣の少女が運んでいるのは、彼女の研究に必要な機械装置の部品である。そう、彼女は科学者なのだ。
時崎理英。乙女座のAB型。彼女が産声を上げたのは、二〇〇四年九月十日午前十一時五十八分。茨城県南の沿岸地域をごっそり海に沈めた「茨城・霞ヶ浦地震」と全く同時刻であった。……と書くと何か曰くありげだが、本筋とは全然関係ありません。
 この三月に筑波大学大学院をわずか十歳で卒業した超天災……いや天才少女であり、このTSLの「特別研究員」である。
 やや茶色がかった肩まで届く髪は、バサバサである。キューティクル痛みまくりである(ジンクピリチオンなる謎の物質が入ったシャンプーは使っていないようだ)。櫛を入れたことなんかあるのか?と思わせる惨状である。手には、滑り止め加工を施したゴム引き軍手。ネズミ色のツナギの上に白衣を羽織っている。色気のないことおびただしい。とても十歳の女の子とは思えない出で立ちだ。
 とある扉の前でリーチが止まった。理英が壁のスイッチをいじると、大きなスライドドアが重々しい音を立てて左右に開いてゆく。ドアの向こうが理英の研究室だ。
 リーチがくるりと旋回して部屋に入ってゆく。部屋はやたらと広く、天井もバカ高い。研究室と実験室、それに工作室まで兼ねているせいだ。様々な実験器具や工具で部屋は散らかっている。片隅には溶接用のガスボンベまである。
 高い天井には、天井クレーンが設置してある。端から端に渡した前後に動く桁と、その桁の上を左右に走るウインチから成るクレーンである。まあ、巨大なUFOキャッチャーのようなものと思ってもらえば間違いない。
 理英がリモコンでクレーンを動かし、フックを荷物の上に持ってくる。重量物吊り上げ用の「帯」を荷物の木枠に通してフックに掛け、ゆっくりと吊り上げる。そして、部屋の隅の方にある組み立て中の機械の側まで慎重に運ぶ。クレーンの操作自体は簡単だが、荷物を揺らさずに運ぶにはコツがいる。
 荷物を降ろした理英が、再びリーチに飛び乗った。
「これ返してくるから、あっちで待ってて」
 そう言って「あっち」を指差す。
 この研究室がやたらと広いのには、まだ理由がある。理英はこの部屋を真ん中でアコーディオンカーテンで仕切り、片方を研究室、もう片方をプライベートルームとして使っているのだ。つまり、理英はこのTSLに住んでいるのである。「所長」である祖母と「副所長」である母も、同じような造りの自室兼研究室を持っている。
 TSLは、時崎一家の研究の場であると同時に自宅でもあるのだ。まさに、正しいマッドサイエンティスト一家である(笑)。
 操は「あっち」、つまりアコーディオンカーテンの向こうの理英の自室に足を踏み入れた。研究室の床は廊下と同様のリノリウム張りだが、ここは薄手の絨毯が敷いてある。
 子供部屋としては十分すぎる広さだ。否、ここは「子供部屋」などではない。少なくとも女の子のプライベートルームには絶対見えない。ぬいぐるみもレースのカーテンもない。
 スチール製のいかにも素っ気ない机とイス。パソコン。ガキが一人で寝るには妙に大きいベッド。白衣と作業着が半分を占める衣装ケース。目覚まし時計とミニコンポが本と同居している本棚。研究用の膨大な資料・蔵書はここにはない。完全に趣味の本棚だ。いきなり神○長平がずらりと並んでいて怖い(笑)。少女マンガはほとんどなく、大半はジャ○プ・マ○ジン系である。よく「本棚を見れば持ち主の人となりが分かる」というが、全くもってその通りだ。
 研究室側の巨大なスライドドアの他に、こっち側にも廊下に通じるドア(これは普通のもの)がある。その脇には大きな水槽。熱帯魚でも買っているのかと思えばそうではなく、中にいるのはミドリガメが六匹。ペットにしてはえらく地味だが、理英曰く「手がかからないし、猫にやられる心配ないし、外に出して遊べるし、可愛いよ」だそうだ。
「お待たせー」
 理英がドアを開けて顔を出した。ついでに水槽に手を入れてカメの背中をちょいちょいと撫でてやる。
 操の向かいのソファーに腰を下ろすと、理英はまるで池の鯉にエサをやる時のようにぱんぱんと手を打った。その音に反応して、何かが部屋の隅からすすすと寄ってきた。格ゲーの相手もできる超AI搭載自走式ワゴン型ティーサーバー「ワゴンくん(八号機)」だ。
「あたしコーヒーね」
『了解。操さんは紅茶でよろしいですか?』
「うん」
『了解』
 パターン認識で訪問者の顔を見分けることができる「目」と自然言語の聞き取りができる「耳」を持ち、更に客の飲物の好みをデータベースに蓄えることにより「気配り」まで可能にした、夢の全自動ティーサーバーである。まさに科学の勝利ですね。インスタントだけど。
「理英ちゃん、それブラック?」
「そうよ」
 まだ十歳のガキの分際でブラックコーヒーなぞたしなむとはいい根性、すなわちグッド根性。
「うちのお父さんなんか『子供の飲む物じゃありません』って言って、飲ませてくれないよ。お砂糖入れても」
「あたしはオトナだからいーの」
「胃、悪くするんじゃない?」
「天才科学者はがばがばコーヒー飲んで早死にするもの、と相場が決まってるのよ」
 どこの相場だ。
 操は溜め息をついて、熱い紅茶を一口すすった。理英もコーヒーをすすった。
「ママの研究、実用化まであと一歩ね。超小型核融合電池。もう少しで核融合反応の制御が完璧になるの」
「はあ」
 曖昧に相槌を打つ操。
「あたしも、うかうかしてられないわ! ママが電気でくるなら、あたしは機械的エネルギーでいくわよ。安全で安価な原子力自動車をばんばん走らせてみせるから!」
「あの、前から気になってたんだけど」
「なに?」
「なんでそこまで原子力にこだわるの?」
「基本でしょ、原子力は。昔から『あっと驚く原子力』って言うじゃない」
 言わないと思うが。
「でも、放射能とかいろいろ問題が……」
「だーかーらー、それを何とかするのが科学者の仕事! だーいじょうぶ、科学に不可能はない! 環境問題なんて科学の力でひとひねりよ」
 ひねるなよ。
「あと一〇〇年もすれば、人と地球にやさしいガンダムだって可能になるわ」
 そんなもん作るな。
「地球がダメになったら、そんときゃ火星をテラフォーミングっていう手もあるし」
 ダメにすなよ。
「でも、理英ちゃんっていつも『科学に不可能はない!』って言ってるけど、しょっちゅう失敗するよね」
「うっ……」
 理英が言葉に詰まった。
「こないだだって、原子力バスの無人運転の実験で原子炉暴走させてスピードが八〇キロより落ちなくなって、あげくの果てに海に突っ込ませて爆発させて、海水浴場に直径五〇メートルの大穴開けちゃったじゃない」
「これがホントの『バス核爆発』ってやつね」
「……ガス爆発じゃないの?」
「そうとも言うわね。まあ、アレは確かに失敗と認めざるを得ないわねえ。でも、科学の進歩に多少の犠牲は付き物よ」
「あれのどこが『多少』なのよ!」
「ところで、今日はあたしに何か用があるんじゃないの?」
 話しの腰を強引にへし折って操の顔をずずいと覗き込む理英。追及をかわすことには長けている。
 思いっ切り図星を指された操は、真っ赤になって硬直した。鼻の頭がくっつきそうな至近距離で見詰める親友の目を、ただ見詰め返すばかり。
「あ、あの……」
「どーなの? どーなの? 白状なさい!」
 更にずずずいと迫ってくる理英。とうとう鼻の頭がくっついた。かかる状態を放置すれば次はおでこが、その次には唇がくっつくだろう。貞操の危機である。一刻も早い対処が望まれる。
「分かった! 分かったから、言うからちょっと離れて!」
 両手を突っ張って理英を押し戻すと、呼吸を整え覚悟を決めて、操は重い口を開いた。
「あのね、理英ちゃん、あのね……。誰にも言わないでね」
「なに?」
「私……、ヘンタイなの……」
「……はぁ?」
 発端は、数日前に操のクラスで行われた性教育の授業だった。
 最初はわけが分からなかった。ペニスがヴァギナにソウニュウされ、チツナイにシャセイされたセイシがランシとジュセイしてタイジになる、と説明されても、それはどこか外国の爆弾テロで二〇人死んだといったような、自分とは何の関わりもない乾いた言葉の羅列としか感じれなかった。生殖器の断面図を見せられても、自分の体と結び付けて捉えることができなかった。
 「陰茎」が男の子のオチンチンで、「膣」が自分のアソコで、セックスとはつまりオチンチンをアソコに入れることだ、と理解した瞬間、操の中で何かが目覚めた。三年ほど前までは目にする機会がいくらでもあった兄の股間。男の子のオチンチン。それが大きく固くなって自分の中に入ってくるイメージ。裸になって男の子と抱き合っている自分の姿。
 どんな感じなんだろう……。
 夢想した。夢想すると、胸やアソコが熱くなってジンジンしてきた。生まれて初めての感覚だった。指で触ってみた。気持ち良かった。擦ってみた。もっと気持ち良くなった。やめられなくなった。
 操はオナニーを覚えた。オナニーに溺れた。
「学校でも、クラスの男の子のアソコばかり見てるの。目がいっちゃうの」
 やがて、夢想の対象は兄の朋輝になった。
「昔みたいに、お兄ちゃんと一緒にお風呂に入りたいの。でも、そんなこと恥ずかしくて言えない……」
 俯いてしゃべる。視線が、そろそろぬるくなってきた紅茶のカップの辺りをさまよう。
「私……、ヘンタイなの……」
 操は自虐的な言葉を繰り返した。
「大丈夫。操はヘンタイなんかじゃないよ」
 真剣な口調で理英が言う。操は俯いたまま、彫像のように動かない。
 重い空気を破るように、理英はコーヒーを一口すすり、立ち上がった。
「ちょっと待ってて」
 そう言うと、理英はアコーディオンカーテンと反対側のドアを開けて隣室に行った。
 この部屋は理英専用の書庫だ。研究に必要な資料・蔵書が納められた巨大な書架が所狭しと並んでいる。検索用のターミナルもある。
 検索システムを起動。大分類で「心理学」を選び、「性に関するもの」でカテゴリーを絞り込む。幾つか出てきた候補の中から対象を一冊に決定すると、書架内での位置がディスプレイに表示される。本に付けられたタグで位置が把握できるのだ。書架本体にも、一段を二〇分割したブロック単位で位置が電光表示される。
 理英は「本棚」の前に止めてある小型バケット車のステップに足を掛け、バケットに飛び乗った。
 「本棚」と言っても、理英の本棚はそんじょそこらの本棚とは本棚が違う。理英の「本棚」は、高さ四メートル・幅五メートルの可動式書架十台から成る巨大システムである。もちろん上の方の段には手が届かない。脚立をあちらへこちらへと引きずり回すのは、十歳の少女には荷が勝ちすぎる。そこで理英は「動く脚立」を自作したのだ。
 モーターで自走する四輪のシャーシの上に、マジックハンド状というか電車のパンタグラフのようなものが乗っていて、その上に定格荷重二〇〇キロ(定員二人)のバケットが付いている。全長・全幅ともに一・二五メートル、全高一・六メートル、最大高三・五メートル、重量五二〇キログラム。
 バケットの中の理英が、家庭用ゲーム機のそれを思わせる形のコントローラーを手に取った。赤いボタンを押すと三極式の充電ソケットが本体から切り離され(理英はこういうギミックが大好きなのだ)、重い音を立てて床に落ちた。モーターの低い駆動音とともに、バケット車がするすると走り出した。
 目的の本は幸い最前列にあったので、書架を動かす必要はなかった。車を止めてバケットを上げる。タイトルが金文字で入っている分厚いハードカバーの本を掴んでやっこらさと引っ張り出した。
 取って返し、テーブルの上にどかっ! と広げた。飲みさしの二つのカップがかちゃ、と動いた。
 理英は本の内容を読み聞かせ、必要に応じて言葉を補いながら説明した。要約すれば、第二次成長が始まって思春期になれば性的な事柄、とりわけ異性への関心が強くなるのは自然で正常な事だから心配いらない、という主旨である。だがいかんせん、出てくるコトバやガイネンが操にはムズカシすぎた。仮に理解できたとしても、それは結局は保健体育の教科書に書いてある説明の域を出ないと知るだけである。
 理英は苛立った。理解できない操にではない。理解させることができない自分に。理英の知能は、この本の内容を理解できる。乾いた言葉を、乾いたままに。でもそれは、目の前の、血の通った、生きて、悩んでいる女の子を救う力にはならない。
 いかに傲岸不遜・自信過剰・我田引水・四面楚歌・八面六臂・絶対無敵の理英といえども、こんな通り一遍の説明で操の悩みや不安を取り除けるとは思わない。普段は人を人とも思わない理英だが、操だけは例外だ。親にも言えない恥ずかしい悩みを自分に打ち明けた親友を前に、理英も真剣になった。
 考えろ、理英。お前のIQ一三〇〇(自称)の頭脳は何のためだ!
 ……よし! それでこそお前は時崎理英だ!
 理英は誇らしげな顔で、胸(操より小さい)を叩いて言った。
「あたしにまかせて! いい考えがあるわ」
 理英にとっての「いい考え」は、理英以外の人間にとってはあまりいい考えでないことが多い。
 操は、理英に相談したことをちょっぴり後悔した。


 数日後。夕暮れの街。
 吉川朋輝は、飼い犬のセント・ジョンを散歩していた。
 夕暮れ時は逢う魔が時。朋輝が遭遇したのも、一種の「魔」であったと言えるかも知れない。
 実体を見せずに忍び寄る白い影。その正体は……時崎理英その人であった。
 朋輝は、忍び寄る気配に全く気付いていなかった。相手が相手だけに仕方ないような気もするが、ここ数日の懸念材料が頭を占めていたせいもあるだろう。三つ年が離れている妹のことだ。
 最近、どうも操の様子がおかしい。話し掛けても、返事がぎごちない。避けられているような気さえする。思い当たる節はもちろんない。
 犬を散歩させるというよりは、ほとんど犬に引っ張られているような足取りで歩きながら、朋輝は考え込んでいた。
 そんな「目標」の事情など知らぬげに、理英は独自の研究と調査で前もってはじき出しておいた「最適襲撃地点」へ向けて、着々と距離を詰めている。
 頭にはフルフェイスのヘルメット。着ているのは白衣。持っているのは、何やら色々と妙なものがくっついているスケボー。怪しさ大爆発である。職務質問ものである。コンビニ強盗五秒前って感じである。
 ヘルメットに見えるのは実はヘッドマウントディスプレイ、つまり頭にかぶる形のディスプレイである。変なスケボーは、超小型固体燃料ロケットを搭載したジェットスケートボードである。なぜロケットなのに「ジェット」なのかというと、そっちの方が語呂がいいからである。
 ……と説明したところで、理英の発散している怪しさが緩和されるわけでもない。
 今回の作戦はスケボーでの一撃離脱戦法を取る必要上、バランスを取るために両手を空けておいた方がいい。そこでこのヘッドマウントディスプレイの出番となるわけだ。おまけに顔も隠せて一石二鳥。もっとも、こんなすっとんきょうな事をする人間が理英の他にいるとは思えない。頭隠して尻隠さずとはまさにこの事である。
 ディスプレイには、吉川家の飼い犬の現在位置が刻々と示されている。なぜそんなものが分かるのか? 実は、こんなこともあろうかとセント・ジョンの首輪に発信器を仕込んでおいたのだ。こんなこともあろうかと。こんなこともあろうかと! 技術屋なら一度は言ってみたいセリフである。
 ちなみに、操にも発信器を持たせてある。とはいえ、もちろん首輪はしていないし体に埋め込んであるわけでもない(宇宙人か!)。操の発信器は、携帯電話の中である。理英が勝手に改造したものだ。ついでにスタンガンとサバイバル十徳ナイフとコンパスと信号弾発射装置を、改造前と変わらない大きさのボディに仕込んである。まさに技術のムダ遣いである。
 ディスプレイ上の輝点が、いよいよ襲撃予定地点に近付いた。あと五秒。四、三、二、一、ロケット点火。
 理英を乗せたスケボーが、爆発的な加速で朋輝の背後に迫る!
「必・殺!」
「え?」
 背後の異様な気配と物音と叫び声に、朋輝が振り向いた。理英がスケボーの尻を強く蹴った。理英を乗せたスケボーが宙に舞う。理英の(文字通りの)魔手が繰り出された。
「ラァァイトニング・フィンガァァー!」
「ぎゃおす!!」
 朋輝の髪をぶちっとむしり取った理英は鮮やかな着地を決めると、一目散に逃走する。
「ぐおお……! あのガキ、一体何考えてやがんだ!」
 トレードマークの白衣を翻して去ってゆく理英の後ろ姿を見送りながら、朋輝が呻いた。
 あのキ○ガイ研究所のクソガキめ。「あんなのと付き合うな」って操に言った方がいいかな……? でも「理英ちゃんは悪い子じゃないわ!」って言い返されるに決まってるしなあ……。
 朋輝の悩みのタネがまた一つ増えた。
 まさか今のが操のためを思っての行動とは、朋輝には知る術もなかった。


 更に数日後。TSL・理英の研究室。
 携帯電話で呼び出された操は、口あんぐり状態になっていた。
 操の目の前には、でかい棺桶が置かれていた。いや、棺桶に似た機械だ。棺桶と違うのは様々なケーブルやホースが生えていること、そして上面がガラス張りになっていて中が丸見えになっていることだ。
 操を口あんぐり状態にしているのは、その「中身」だった。
 ガラス張りの棺桶の中は、水のような透明な液体で満たされている。横たわっているのは全裸の少年だ。年の頃は十三、四に見える。操がよーく知っている顔だった。知っているどころか、毎日顔を会わせて暮らしている。
 兄の朋輝だった。
「な……なんでお兄ちゃんがここにいるの?」
 今朝元気に家を出たのに事故で変わり果てた姿いなって無言の帰宅をした兄と悲しみの対面をする妹、みたいなセリフが出た。
「だーいじょうぶ、それは本物の朋輝くんじゃないわ。朋輝くんのコピーよ」
 いつの間にか操の隣に立っていた理英が言った。
「コピー?」
「そう。いわゆるクローンというやつよ。朋輝くんの体細胞、つまり髪の毛をちょっと失敬してね」
 ちょっとじゃなかったと思うが。
「名付けて『がんばれ吉川君2号』よ!」
「どっかで聞いたような名前でイヤ……」
「じゃあ『朋輝モドキ』なんてどう?」
「………」
「冗談よ。『トモ』でいいんじゃない?」
「でも、お兄ちゃんのクローンなんか作ってどうするの?」
「あら、自分が言ったこと忘れたの?」
「えっ?」
「お兄ちゃんと一緒にお風呂に入りたいの、でしょ?」
「え、えええ!?」
 それだけのためにこんな神をも畏れぬ所業をやらかしたのか!? 操は、理英の行いに恐怖した。毎度のことだが。
「それじゃ、起動実験始めるわよ」
 理英は棺桶……もとい培養槽のコンソールの前に立つ。そしておもむろに一個のボタンを押した。
「ポチッとな」(←基本)
 中の液体が抜かれ、寝ていた培養槽が完全に直立した位置まで起き上がり、ガラスのふたが開くところまでのプロセスが全自動で行われる。
 トモが目を開けた。瞼を二、三度パチパチさせ、不思議そうな目で辺りを見回す。
「第一拘束具、除去」
 トモの両膝の辺りを後ろから抱き込むようにして押さえていた金属板が動いて、トモの両脚が解放された。
「最終安全装置、解除」
 肩の上から腋の下に回されている左右二本の太いリングがスライドして開いた。支えを失ったトモの上半身が、前のめりにぐらりと傾いだ。自由になった両腕が振り子のようにゆっくりと振れ、それに引っ張られるように肩が前に出る。朋輝のクローンはゆらり、という感じで一歩踏み出した。
 ぺた。
 濡れた足がリノリウム張りの床を踏みしめる間の抜けた音が室内に響いた。
「歩いた!」(声・山口由里子)
 理英の叫びには、なにか芝居掛かったものがあった。自らが作った生命体が記念すべき一歩を踏み出したのだ。科学者冥利に尽きるというものだろう。
 一方、操は―――

 お兄ちゃん、毛が生えてる……。

―――違う所を見ていた。
 続いて右足が上がり、もう一歩。踏み出された右足は床をうまく捉えられなかった。
 慌てて理英が駆け寄った。自分より大きな体が倒れかかって来るのを、両足を踏ん張って受け止める。
「やっぱ、直立二足歩行はまだ難しいか」
「歩けないの? そんなに大きいのに」
「体は十四歳でも、おつむはまだ赤ん坊並みなのよ。体の動かし方自体がまだ分かってないし、フィードバックもうまく効いてない。まあ、用があるのは 体だけなんだからいいのよ」
「体だけって……。理英ちゃん、それってなんかスゴいセリフだわ……」
「さあて、お姉さんといい所に行こうね★」
 ショタ趣味の変質者の女みたいなセリフを吐きながら、理英が全裸の少年を半ば引きずるようにして歩き出す。途端に、トモがじたばたと暴れ出した。本能で身の危険を察知したらしい。
「だーいじょうぶ、痛くしないから」
 八割方ウソだ。
 トモのおつむは生まれたばかりの赤ん坊同然である。むずかる赤ん坊を言葉で丸め込もうとしても無理というものだ。
「おのれ、産みの親に逆らうとはいい度胸、すなわちグッド度胸!」
 理英は、トモを放り出して研究室の奥へと走った。
「理英ちゃん、どこいくの?」
「そいつ押さえといて!」
 何やら探しているらしい。仕方なく操は一人で必死にトモを押さえ付ける。力の差を考えればトモの方に分がありそうだが、なにしろ立って歩くことが出来ないから這うか転がるしかない。結果として、かなり伯仲した攻防戦になった。
「操、どいて!」
 得物を持った理英が駆け戻ってきた。そのまま、手にしたそれを振りかざしてトモに襲い掛かる。
「コルチゾンハンマー!」
 黄色と赤が目に鮮やかな、どう見てもピコピコハンマーにしか見えないそれが、トモの頭目がけて振り下ろされた。
 ぴこ。
 途端に、トモの動きが止まった。そのまま床にべちゃっと突っ伏してしまう。
「安心せい、峰打ちじゃ」
 どこが峰なんだろう、と操は思ったが、敢えて口には出さなかった。
「理英ちゃん、それなあに?」
「これはねえ、機動隊用の装備として今警察に売り込み中のメガトンツールよ。暴徒鎮圧のエネルギーでのーみそにショックを与えて気絶させるの」
 人をバカにしているとしか思えないものすごく曖昧な説明をしながら、理英はそのメガトンツール(どこがメガトンだ)を誇らしげに高く掲げた。
「名付けて、コルチゾンハンマー!」

  コルチゾン【cortisone】
   副腎皮質ホルモンの一。急性リューマチに卓効があるが副作用が強い。ヒドロコルチゾンは局所の炎症治療に応用されるが、全身作用はない。

「で、なんでコルチゾンなの?」
「特に意味はないわ。強いて言うなら、気分を出すためね」
 何の気分だ。
 操はしゃがみ込んで、のびているトモの顔を心配そうに覗き込んだ。兄と瓜二つ……否、寸分違わず同じ顔を。
「だいじょーぶ、気絶してるだけよ。そのうち目を覚ますわ。……多分」
 聞いている人間をそこはかとなく不安にさせる言葉をさりげなーく最後にくっつけながら、理英が言った。目を覚ましてくれない方が好都合かも知れないが。
「ちょーっと記憶の混乱とか一部消失があるかも知れないけどね」
「理英ちゃんヒドい……」
「いいのよ、用があるのは体だけなんだから」
「だから、その言い方……」
 時崎理英。彼女の辞書に「基本的人権」の文字はない。


 この世に生まれ出てわずか五分で失った意識をトモが再び取り戻した時、彼は自分の体が自由に動かないことに気が付いた。
 トモは相変わらず全裸のまま、イスに縛り付けられていた。脚はM字形に大きく開かされて、足首を肘掛けに縛り付けられている。座るというよりは肘掛けの上から跨がっていると表現した方が近い。ずり落ちそうなほど浅く腰掛けて、股間を自ら突き出しているような屈辱的な姿だ。両手首はもちろん後ろで縛られている。
 最初はお兄ちゃんと一緒にお風呂計画」(略してO計画)を実行に移そうとした理英だったが、ろくに歩くことすら出来ないトモを風呂に入れると転倒及び溺水の危険があると判断し、「男の子の体の監察」路線に切り替えたのであった。
「さあ、オチンチンでもどこでも存分に触りまくるがいい!」
 理英が鹿賀丈史みたいな口調で言った。もがいてもムダと悟ったのか、トモはイスの上でおとなしくしている。



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